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倉敷市の自然動態の推移:合併の昭和42年から令和7年まで
前回の記事で、倉敷市の人口推移(合計・男女)を実績値だけで眺めました。今回はその次の段として、倉敷市 人口動態のうち自然動態、すなわち出生と死亡、そこから決まる自然増減に絞ります。 自然動態は、ざっくり言えば「その年に何人生まれ、何人亡く... -
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倉敷市の人口推移:合併の昭和42年から令和7年まで
倉敷市の人口は、ずっと増え続けてきたのか。それとも、どこかで流れが変わったのか。 今回は、倉敷市統計書の実績値だけを使って、昭和42年から令和7年までの人口推移を確認します。推計値は入れません。 この記事では、各時点で倉敷市として公表された実... -
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倉敷の買い物地図今昔 — 本町通りからイオンモールへ
おそらく倉敷で最初に買い物街となったのは本町通りだと思います。 本町通りといえば、古い木造家屋の街並みが今も残っている所で、私が高校時代に毎朝、自転車をぶっ飛ばして通った道です。 今回は、本町通りから始めて、商店街、大型ショッピングモール... -
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ジャパン・ダッシュボードで見る倉敷市の財政(2024年度)
先日(2026年4月26日)、デジタル庁の「ジャパン・ダッシュボード」に市町村ごとの地方財政データが追加されました。早速、倉敷市を見てみました。 意外だった点や、なるほどと思った点など倉敷市の大まかな数字が見えてきました。ここでは、その第一印象... -
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倉敷の大企業 – 地図で見る従業員1,000人超クラスの雇用拠点
私が大学進学で倉敷を離れたのが1982年。当時の大企業と言えば、川崎製鉄(現JFEスチール)と三菱自動車でした。約45年経った今、その2社の存在感はどうなのか?を含めて、従業員1,000人超クラスの企業を調べてみました。 従業員1,000人超クラスの企業リス... -
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倉敷平野の干拓 – ネットで調べたら、あまりに複雑だった
玉島の旧柚木家住宅を観光したとき、建物や庭の気配に、どこか侍の気質を感じました。倉敷美観地区の旧大原家住宅とはかなり違った趣でした。言葉にしにくいのですが、武家屋敷というより、生活の芯が硬く、礼節が身体に染みているような——そんな印象です... -
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昔の高梁川は、東と西の二つの川だった
岡山県三大河川と言えば、東から順に吉井川、旭川、高梁川です。一番西の高梁川は倉敷を通って瀬戸内海に注ぎます。 倉敷市の小学生なら誰もが習うのが「高梁川の改修工事」です。 小学校社会科副読本「みんなのまち くらしき」2016年4月1日15版発行 倉敷... -
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用水路と狭い道 – 倉敷で育つと「当たり前」になる風景
両親は県北の出身。私が産声をあげたのは高梁市の病院でした。 私が3歳の頃、家族は倉敷に出てきました。 私が5歳の頃、両親は借金をして倉敷に家を建てました。両親は共働きだったので、お爺ちゃんが1年ほど倉敷の家に来て、私を幼稚園へ送り迎えをして...
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